2015年11月03日

《推薦圖書》「私の國語教室」 sc恆存著 (新潮社 昭和三十五年十二月)

著者は昭和三十三年十月から五囘にわたり季刊雑誌『聲』に「私の國語教室」を連載した。それに後一章を加へて三十五年十二月に刊行された。
多少とも國語問題に關心のある者には必讀の文獻であり、新潮文庫(昭和五十年)、中公文庫(昭和五十八年)、文春文庫(平成十四年)にも收められ、こんにちも繰り返し廣く讀まれてゐる。
第一章、「現代かなづかい」の不合理
第二章、歴史的かなつかひの原理
第三章、歴史的假名遣習得法
第四章、國語音韻の變化
第五章、國語音韻の特質
第六章、國語問題の背景
の諸章から成り、時局的發言から音韻に關する新しい見解の提唱まで、徹底した議論が展開されてゐる。文庫版には増補數篇が追加された。
なほ本書は、第十二回讀賣文學賞(批評部門)を受賞した。《萩野貞樹》
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2015年10月12日

「てんてん−日本語究極の謎に迫る」 山口謠司著 (角川選書)

「てんてん」とは濁點のこと。ヨーロッパ語では、「か」はka、「が」はga。kとgといふ全く別の文字を使つて表記する。しかるに、日本語は同じ文字に「てんてん」をつけるだけで別の發音になる。「てんてん」によつて、元の文字の音價を變へるのである。
 なぜ、濁音を表す別の文字が出來なかつたのか。これが「日本語究極の謎」だといふ。
戰前の「五十音圖」にはC音だけしかなかつた。「ガ行」「ザ行」などの濁音は五十音圖の枠から除外されてゐた。濁音はC音の補助的なものと考へられてゐたからである。「平安時代前期、〈かな〉が最終的に形作られていく段階で、漢語の中に現はれる濁音も意識されるようになってきた」と氏は述べる。それまでは意識がなかつたから、濁音を表はす文字は作られなかつたのである。この日本語の謎を解明して行く手法には、シャーロック・ホームズにも似た、氏の見事な推理力が窺はれる。
そして、私のやうな國語の知識が生半可な人間には、氏が整理してくれる國語の歴史や、漢字傳來のプロセスは甚だ役に立つ。
「ハ行轉呼音」(「思ふ」をなぜ「オモウ」と讀むか)は知つてゐる人が多いだらうが、ではなぜ、「てふてふ(蝶々)」が「ちょうちょう」と讀まれるに到つたかを論理的に説明できる人は少なからう。萬葉の時代には、「蝶」は「ディエップ」と發音され、萬葉假名では「代布」の字が宛てられてゐたといふのも興味深い。
もちろん、このやうな現象は、日本が漢字を受け入れた爲に生じたものである。日本の漢字の音讀み、特に漢音は、現代北京語とは相當に違つてゐて、香港などの南方音に近いと言はれるが、どうしてさうなつてゐるのかも本書は見事に解明してくれてゐる。
現代中國語には聲調(四聲)といふ名のアクセントがある。「第一聲」「第二聲」「第三聲」「第四聲」の四つに分かれてゐる。漢文の「平上去入」はこれときちんとは對應してゐないが、聲調の古いタイプであると言つても大過はない。
この聲調を表記する方法を古代の中國人は考へ出した。「漢字の四隅に、『○』というアクセント記号をつけて表した」のである。これを「聲點(しょうてん)」「四聲點(しせいてん)」と言う。「唐代に入ってから本を読む際に、この声点がつけられるようになったという」。
 なぜ、中國人にとつて、母語の表記に「聲點」が必要だつたかといへば、同じ漢字が意味によつてアクセントが違つてゐたからである。「『教』は『平声』の場合は『教えること』であるが、『去声』の場合は『教える』あるいは使役を表す動詞になる」。そこで、區別の必要が生じたのである。
この「聲點」が、現代の日本語の濁音の「てんてん」の源だといふのである。
日本語の成長に貢獻した人として、氏はまづ空海を擧げる。
平假名・片假名を作ったのが空海だといふのは誤解であり、空海はそれよりも前の時代の人だ。しかし、空海の遺した研究が、後世の日本語に大きな影響を與へたことは間違ひない。氏は空海の功績を存分に評價し、空海がサンスクリット語(梵語)といふ表音文字による表記法に觸れたことが、萬葉假名の存在と相俟つて、平假名・片假名の發明につながつたのだといふ。
本書は、專門家・素人を問はず、讀者を堪能させてくれる名著である。專門家にとつては、今までの知識の缺陷を埋めてくれる新發見の書であり、素人にとつては、國語学への導入の書である。學生諸君は、理科系など專門外であつても、本書を繙けば、數學の論理とは一味違ふ、言語の論理といふものに目を開かれる思ひがするであらう。《高田友》
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2015年09月03日

「これでいいのか、にっぽんのうた」 藍川由美著 (文春新書)

聲樂家・藍川由美氏は、「同調壓力」に屈しないといふ點では、極めて男性的な方です。五年ほど前に講演を拜聴してから、數少ない「論理的な思考」の人だと感嘆してゐます。そして、今回、著書「これでいいのか、にっぽんのうた」に接することができ、思つてゐたとほりの人だと感銘を深くしました。
 日本の音樂家は、聲樂をする人でも、歌の歌詞には餘り關心がありません。曲が本體で、歌詞は付隨的なものだと思つてゐるのです。これに對して藍川氏は、日本人の心の中で區別されてゐる微妙な發音を復興させたいと主張します。そして、日本語で歌ふ場合は、ヨーロッパ語とは違ふ、獨特な歌ひ方があつて然るべきだと述べてゐます。
譬へば「ん」の發音です。特に語尾の「ん」は、文語の「む」か、さうでなければ否定語の「ぬ」であるのがふつうですが、氏は、前者の場合はm、後者の場合はnの音でなければいけないという意見です。ことに、終戰直後の國語改革によつて、書いてあるとほりのはつきりした發音をしなければならないといふ風潮が廣まり、中間的な微妙な音がなくなつてしまつたことを憂へてゐます。「馬」は「うま」でなくて「むま」「んま」なのです。
 氏は音樂家でありながら、日本語の造詣が深く、歴史的假名遣ひの論理をよく理解してゐます。そして、歴史的假名遣を發音にも應用せよといふのです。文部省唱歌「故郷」の中の「思ひ出づる」を「オモイイズル」と歌ふと、「二度目の『い』が平べったくなり、響きもきつくなりがち」ですが、「『オモヒイヅル』と發音すれば『い』が樂に歌えるようになる」と言ひます。もちろん、「ず」と「づ」も、意識して異なる發音にするのです。
「春の小川」の歌詞は、もともと「さらさら流る」「ささやく如く」だつたのですが、昭和十七年に、文部省によつて、「さらさら行くよ」「ささやきながら」に變へられてしまひました。「文語は小學生には分からないから」といふ理由によるものでした。こんな荒唐無稽な改惡は、てつきり戰後のドサクサに便乘したものだと思はれるのに、それが戰時中のことだつたといふのに驚かされます。
この類の恣意的な歌詞の改變を、氏は多數の例を擧げて紹介し、批判してゐます。
「村の鍛冶屋」は、大正元年の「尋常小學唱歌(四)」では「あるじは名高きいつこく老爺(おやぢ)」だつたのが、昭和十七年版では「あるじは名高いいつこく者よ」に變へられ、さらに、昭和二十二年版では「あるじは名高いはたらき者よ」と改作されてしまひました。
藍川氏は「口語体を用いるという教育方針が出されたからといって----(このような改變に)---どんな意味があるというのか、まったく理解できない」と嘆いてゐます。
冒頭で、氏は「同調壓力」に屈しない人だ、と書きました。「文語は口語に直すべきだ」「難しい言葉を使つてはいけない」「原文の味はひを尊重するよりも、子供の理解を優先すべきだ」などという俗論に立ち向つて、文化を防衞しようといふ氣概が感じられるのです。
さらに、藍川氏は、「『舞台語発音』確立の可能性」を示唆してゐます。日常会話の發音は多樣であつても、歌の歌詞の音は、統一的な讀み方があつて然るべきです。「歌う(歌ふ)」の發音は、文語の場合「うたう」なのか「うとう」なのか、混亂があつてはいけないといふのです。なるほど、これが論理といふものだ、と納得させられました。
音樂や國語に關心のある人は、是非讀まなければなりますまい。また若い人で、論理的思考能力を磨きたい人にとつては、哲學書の趣きさへ感じられる書です。
進歩的な音樂論、言語論、教育論をお持ちの方は、本書をお讀みになると、キリストの聲を聞いたパウロのやうな人生觀の轉換を經驗するかも知れません。《高田友》
 
posted by 書評 at 17:37| Comment(0) | 高田友