2016年05月24日

「語源から古典へ 古典への誘ひ」 土屋道雄著 笠原書房

よくぞ出たと思はせる名著です。 簡單にいへば、「語源重視の語彙集」といふべきでせうか。三百ページ弱の、ふつうの單行本の體裁なのですが、ほぼ二千語の單語を收めてゐます。そして、ここがポイントですが、重要な單語については、その語源を解説してゐるのです。私は學生時代に「新言海」の語源説明に惹き付けられ、讀み耽つた記憶がありますが、老境に達して、若き日の感動をこんなにも甦らせてくれる書に出遭はうとは思ひませんでした。
 何よりも素リらしいのは、かな文字一つ一つに、それぞれ言語の要素となる意味が含まれてゐることを明らかにしてくれてゐることです。
 漢字を見れば分かることではありますが、たとへば、「ね」には「子・音・寢・根・値・嶺」などの意味があります。それが他の音(假名)と合して、さまざまな單語を作つて行きます。「葱(ねぎ)」はもともとは「き」だつたのですが、地中の白い部分を食することから、「根」がついて、「ねき」になり、濁つて「ねぎ」と呼ばれるやうになつたとのこと。
 「み」は「三・巳・水・身・實・海・靈・御・見・深」であり、「水」の意味の「み」が動詞化して「みつ(滿)」が生まれました。水は器に隙間なく一杯になるからです。さらに、「み(水)」は「みつ(滿)」から轉じて「みづ」といふ形に變りました。木の「みき(幹)」は「身木」だといふことです。木の本體といふわけでせうか。「みさき(岬)」は「海」の「み」に「先」がついたもの。
 我々は高校生の頃、「かんなづき(神無月)」は「全國の神樣が出雲に集まり、他の場所にはゐなくなるから」さういふ名がついたのだと習ひましたが、實はさうではない、と本書はヘへてくれます。一年の收穫を神に供へ感謝する月なので、「神の月」が訛つて「かんなづき」になつたとのこと。また、「師走」は「としはつ(年果)」で、師が走るわけではないのです。考へてみれば、「師」を「し」と讀むのは字音(音讀)ですから、大和言葉の語源であるはずはありません。「むつき(睦月)」から始まつて、他の月の名も、丁寧に語源を説いてくれてゐます。
 鳥の名を見てみると、「鷹」は單純に、高い所を飛ぶから「高」であり、「燕」は元來は「つばくらめ」。翼が黒い所から來てをり、「め」は「小さいもの・愛らしいもの」の意だといふのです。
 日本國は「言靈の幸ふ國」と言はれますが、本當に、一つ一つの音に、靈魂が籠つてゐるやうに思はれて來ます。「日本語は世界で一番美しい言語だ」といふと、反撥する人がゐます。「國語は自然に憶えるのだから、學校でヘへる必要はない。どうせ將來は英語に統一されるのだ」などといふ意見もあります。もし、本當に「將來は英語に統一される」ことが避けられないのだとしても、少しでも、その日の到來を遲らせるやうに、國語への愛情を育てる必要があるのではないでせうか。
 土屋氏は、本書を「歴史的假名遣ひ」で書いてゐます。漢字が新漢字を使つてゐるのは些か殘念ではありますが、若い人が(若い人に限りませんが)正漢字を讀むことが出來ないといふ現實がある以上は仕方のないことです。
 語源を研究するためには、歴史的假名遣を使はなければならないことは明らかです。
 「ゑ」には「にこにこする」といふ意味があります。だから「笑む」は「ゑむ」なのです。女性の名で、「咲」を「ゑみ」と讀む例がありますが、「咲」の字は、中國語では、「ほほゑむ」の意味だからです。「醉」の假名遣ひは「ゑふ」ですが、本書は見事にその理由を解明してくれます。人間は醉ふとにこにこするから「ゑ」が使はれるのです。これを、「えふ」や、まして「よう」と書いていいものでせうか。前述の「水」も、「みず」ではなく「みづ」だといふことはよくお解りになつたことでせう。
 國語が輕視される、こんな時代だからこそ、國語の美しさを分からせ、日本に生まれてよかつたと感動を味ははせてくれる書が必要なのではないでせうか。(高田友)
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2016年04月13日

「ん」 山口謠司著(新潮新書)

どう發音してよいかわからないやうな本の題名だが、そのゆゑか、最近新聞のコラムなどの題名になつてゐるのが散見されて面白い影響を及ぼしてゐるとわかる。尤も、服部四郎博士に「『ん』について」といふ論文のあることが本書に紹介されてゐる。この服部博士はひとの發音を正確に聞き分けることに定評があり、「ン」の發音に十種類ほどあると言はれてゐたさうだ。このことに關連して、本書では「ん」は舌内撥音の〔n〕、喉内撥音の〔Ŋ〕、唇内撥音の〔m〕、の三種類に分類されてゐる。
著者の博搜により空海以來この「ん」一語に關心をもつたり氣に懸つた人の名が三十名も擧げられてゐることからも、この音が日本人の語感に、ひいては日本の文化にかかはりの深いことが傳はつてくる。
空海が始めて本格的に梵字悉曇學に取組み、古代印度人の氣づいてゐた論理的な言語構造を體得したことはその後の日本に大きな影響を及ぼしてゐる。眞言宗が國家から公認されたときに空海は、眞言僧として學ぶべき科目にユニークな「聲明業」を加へてゐた。これはいはゆる音樂の聲明といふより、梵字悉曇の學であつたといふ。古代印度のサンスクリットの學習を必修としたのである。そこから五母音と調音點とのマトリックスによる五十音圖が導きだされたが、カタカナ文字が出てくると「ン」はその表外に置かれて、ここに最初の「ア」と最後の「ン」により「阿吽」が成立つやうになつた。
一方で「ん」は、古くから實際にはかなり多くの單語の中で發音されてゐたにも拘らず、枕草子にも指摘されたゐるやうに汚い音とされ、鴨長明は喜撰を「きせ」と書き、撥音「ん」を捨てて書いたとする。そこで著者は、「ん」は言語としての音であると同時に、リズムを整へるための役割をはたしてゐるのだと言ふ。鳶と書いて「とんび」と讀む。そのやうな考察から「いろは歌」の系列は、日本人の情緒を維持する役目を果し、一方「アイウエオ」は論理的な體系の世界であり、書かれない「ん」は、その中間に位置し、イエスであるかノーであるかを保留してリズムに從ふ。もしも日本語に[ん]がなくなつたら、われわれは日本語のリズムを失ひ、情緒とシステムを繋ぐ糸を斷つて、日本のしつとりとして深い文化を根柢から崩壞させはしまいかと警告する。
論理と感情といふ單純な二元論では割切れない日本語の特性が「ん」を通して捉へられてゐるところは、相補的なDNAの二重螺旋構造を想起させて興味深いものがある。(谷田貝常夫)

posted by 書評 at 15:00| Comment(0) | 谷田貝常夫

2016年03月12日

東京セブンローズ 井上ひさし著

このやうに面白い本を讀んだのは久し振りのことだ。
友人に紹介されて讀んだが、久しぶりに痛快かつ面白い本だつた。小さい活字で七八〇頁と言ふ大部ながら、數日で讀了した。著者の井上ひさしが、實在の日記と覺しき資料を發見し、これを膨らませながら日本の戰後の社會がどのやうに生れたかと言ふこととGHQが日本語を破壞しやうとしたのを「東京セブンローズ」と言ふ七人の美女がそれを阻止したと言ふお話。この小説は平成に入つてから出版されたにも拘らず、正漢字、正假名遣ひで書かれてゐる。この書評もそれにならつて正漢字、正假名遣ひで書く。

日記は根津に住んでゐた偏執狂的に日記を書くのが好きな團扇屋の主人が書いてゐて、戰時中のB29の空襲が續く東京で庶民が如何に暮らしてゐたか、戰後は如何にしぶとく生き殘つて來たかを實にリアルに描いてゐる。そんなことがあつたのかとは知らなかつた一例を示すと、戰時中は紙不足のために、新聞を複數購讀してゐる家庭は、それをどれか一紙にするやう通達があつたとか、戰後では誠文堂新光社と言ふ出版社が戰後すぐに出した「日米會話手帳」と言ふ本が、發賣から半月で二〇〇萬部を超えたと言ふ話など。細い所は事實に則つて書かれてゐるのだらうが、戰後團扇屋の主人が警視廳文書課の雇となり、ガリ版を切つてゐた時に讀んだ地方からマッカーサー元帥宛に出された手紙の中身などは井上ひさしの創作に違ひない。井上ひさしが今村忠純氏との對談で「細部は眞實だが、全體を見ると嘘と言ふ、僕のいつものやり方です」と言つてゐたさうだが、眞實と嘘の境目が分らないやうに實に巧く書かれた小説である。

戰時中は「鬼畜米英」と言つてゐたのに戰後は「アメリカさん、アメリカさん」と態度がころつと變つてしまつた日本人を見て、團扇屋の主人は自分はさう簡單には變はらないとその態度を通さうとするが、妻や娘からは馬鹿にされてしまふ。自分の娘二人も入つてゐる東京セブンローズは進駐軍の將校に春をひさいでゐる七人の美人達だが、變則的な美人局をアメリカからやつて來た教育使節團のキーマン達に仕掛け、日本語のローマ字化を阻止する。この國語改惡問題の經過の史實を紹介して、この書評を終へることにする。

文部省は明治の頃から音韻文字の採用を基本方針として、漢字を排除し、假名文字にするか、ローマ字にするか得失を調査させてゐた。良識ある國語学者や文學者が反對し、漢字假名交じり文に慣れた國民も眞劒に受け取らなかった。所が、戰後GHQの占領下で、漢字の全面的な廢止が政府決定され、實際に廢止されるまでの、當面使用される漢字として一八五〇字の「当用漢字表」が定められ、教育、公文書、新聞等のマスメディアで使はれる漢字の數が制限されるようになつた。このやうな動きに反對する聲が漸く出て來たのは、敗戰から十數年經つてからである。昭和三十三年には、後に名著とされる福田恆存の「私の國語教室」が連載され、昭和四十年には、國語審議會會長が、初めて、日本語の表記方法は「漢字假名交じり文」であることを前提として審議を進めることを記者會見で發表する。漢字が殘つたことは「表音主義者」の敗北を意味した譯ではなく、「傳統的かなづかひ」を「表音式かなづかひ」に改めると言ふ小さな勝利を彼等は収めた。福田恆存の「私の國語教室」には、「表音主義」が日本語にとつて合理性を缺くものであり、「表音式かなづかひ」が、いかに日本語を混亂させたかが語られてゐる。「私の國語教室」の最後の一言、「なるほど、戰に敗れるといふのはかういふことだつたのか」が、胸に迫る。福田恆存のような人が嘆くのは、改惡の根底にある「表音主義」が、究極的には、文化そのものの否定につながるからである。
(加藤忠郎 かとうただを<公財>日本發明振興協會副理事長)
 
posted by 書評 at 14:44| Comment(0) | 加藤忠郎